2つの狂詩曲


「昨日の試合、格好良かったよ」
「本当?嬉しい!」
「うん。4番の田島君が」
「えー!俺じゃないのー!」
「あはは!嘘嘘。文貴も格好よかったよ」

そう言っては水谷の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「はいこれ。勝利祝いに、私の手作り弁当」
「まじ?!ありがとうー!」
「特別だから明日はないよー」

「食べたかったら次も勝ってね」と言って水谷にお弁当を手渡し、手を振り教室を出て行く。

「嬉しいけど、また餓鬼扱い…」

家が近所で小さいころからお互いに知っている。
だけど、一つ年上であるからすれば、自分はただの可愛い弟でしかないんだろう。

「水谷、今の誰?」
「うちの姉ちゃん」
「嘘!めっちゃ美人じゃん!」
「あ。やっぱそう見えるんだ。嘘だよ。家の近所に住んでるんだよ。ついでに学年一つ上」
「なんだよそれー、騙されたじゃんか」
「あはは。ごめんごめん。でも姉ちゃんいるのは本当」
「へぇー、どんな姉ちゃん?」
「うんとねー…」

クラスメイトにはなんでも無いように振る舞う。
高校生になって、どんどん綺麗になるに正直焦る。
いつも少し先をいくに昔から近づきたくて、仕方なかった。
憧れで、ずっと好きだった。そんな思いで追いかけ続けて、やっと同じ高校生になれたのに…。
年齢はただ一つ上なだけ。だけど一つ上という年齢差が、今でも物凄く大きく感じてしまうんだ。


「ねぇ、が今日お弁当届けた子ってどれ?」
「あれ」
「へー!かわいいじゃん」
「そうでしょ」

フェンス越しに、クラスメイトの女の子と一緒に野球部の練習を覗き見る。
皆、桐青に勝った野球部を一目見たいという算段らしい。
それほど多くはないものの、数名いる女の子達にまぎれても見ていた。
そんなに気付いた水谷が焦ったような表情でに近づく。

「ちょ、ちょっと!こんなとこでなにやってんの?!!」
「何って文貴の応援でしょ。練習頑張って」
「ええー…。またどういう風の吹き回し?」
「サボってたら言い付けるよー」
「さ、サボってないよ!」

そんな会話をしていると篠岡が「水谷君」と声を掛ける。 ビクッ!と肩を揺らし、水谷は篠岡の方を見た。

「し、篠岡?!」
「知り合いの人?」
「う、うん。まぁ。そんなところ」
「だったら中で練習見てもら…」
「ああー!いいのいいの!」

背後のを隠すように、 「大丈夫だから!行こう!」と言って篠岡の背を押しながらグラウンドへと戻って行く。

「ねぇ。あれ、好きな子だったのかな」
「えー。文貴の?まさか」
「だってのこと見られたくないって感じだったもん。絶対そうだよ」
「…そうかもね」

は、友達の言葉を聞いて少し不機嫌そうに頬を膨らませながら水谷の背中を見ていた。


「はぁ…疲れたー」

部活が終わった頃にはいつもの如く、すっかり日が落ちていた。
「眠ぃ…」「腹減った」やら部員達で口々にそんなことをいいながら、 自転車置き場に向かっていると、水谷の自転車の前に座り込んでいる女性が目に入る。
それに気付いた花井が水谷の方を振り返る。

「おい。水谷。あれ、さんだろ」
「え?…って、?!」

花井の言葉で前を向くと、座り込んだまま手を上げて「よっ」と挨拶をするに水谷は慌てて近づく。

「まだいたの?!」
「うん。たまには一緒に帰ろうかなって」
「待ってなくていいのに。こんな暗いのにさー…」

「一人で待ってたの?」と水谷が聞くと、「うん」とが答える。

「だれ?先輩だろ。あれ」
「水谷の知り合い?」
「ああ。なんか家が近いとかなんとか…たまに教室来るんだよ」

背後から口々に聞こえてくる部員達の会話。とは教室で顔見知りの花井が説明をするなかで水谷は息を吐く。

「ごめん。俺、送っていくから先帰るね」
「おー。明日な」
「うん。じゃあね。ほら、乗って」
「え。いいの?」
「最初からそのつもりだったんでしょ」
「バレたか」

水谷の自転車の後ろに乗りながらも、 去り際に「お邪魔しましたー」と言って他の部員達に笑顔でが手を振る。
そんなに対して、水谷は少し不機嫌そうに自転車を漕いで学校を出た。

「ねぇ、帰りはあの子いないの?」
「え?だれ?」
「文貴が話してたマネージャーの子」
「ああ。篠岡は俺たちより先に帰るんだ。ってか同じクラスなんだけど、会ったことなかったっけ?」
「そうなんだ。あんまり気にしてなかったかも。私、用事済ませたらすぐ教室戻るし」
「そっか。でもなんで?突然」
「可愛い子だったからもう一度見たかったなぁって」
「ちょっとやめてよね。篠岡にちょっかい出すの」
「出さないよー。見たかっただけだって」

軽く突いてみたのだが、普通だ。
だけどやっぱり違和感を感じてしまうのは、意識しているからだろうかとは思う。

「あ。それよりさ、
「なに?」
「試合はともかく、もう練習は見に来ちゃだめだよ」
「え?なんで?」
「だって待たれると夜遅くなるし」
「…そうだね。たまに顔出すくらいにするね」
「だから駄目だってー!」

あからさまに嫌がる水谷に、「いいじゃん。たまにくらい」と冗談めかした口調でが答えると 水谷に「女の子が一人で来ていいところじゃないの。特に待つのは、これっきりだかんね。遅いとおばさん心配するよー」と心配を装った口調で返される。

「(そんなに私を篠岡さんとやらに会わせたくないのかな…)」
「(教室は花井と阿部くらいだからともかく、部活だと他の奴らとも距離が近くなるかもしれないから嫌なんだって…)」

近くて遠い距離を感じる帰り道。
二人同時に深く息を吐いた。



「水谷、さんきてる!」
「文貴ー」

何度来るなと言っても来るに、 自然と他の部員達も慣れて行っていた。

「差し入れ持ってきたよ」

がそういうと飛んできたのは水谷ではなく田島だった。

「すっげー!今日もうまそうー!」

が手に持っていたパックの蓋を開けると、グレープフルーツが切られ、ゼリー状で固められている。
田島がきらきらと目を輝かせる。

「あはは!本当、いつも嬉しい反応してくれるよね」
「だってうまそう!!」
「ありがとう。千代ちゃんに渡しとくね」
「一口欲しい!」
「だーめ」

がペシッと田島の手を叩き、「千代ちゃーん」と篠岡を呼ぶ。 「わ。今日も美味しそうですね」と楽しげに篠岡と会話をするに気付いた花井が 「すいません。いつも差し入れ貰って」と頭を下げる。

「あはは。いいのいいの!好きでやってるだけだから」

すっかり馴染んでいるに、水谷は少し不機嫌そうな表情を見せる。

「言わなきゃ伝わんねぇぞ」
「…泉。だってさー」
「俺はうまいもん食えるからいいけどな」

そういうと泉もの方に近づき、帽子を取り挨拶を交す。
笑顔で楽しげに泉と話すに、水谷は意を決したようにに近づく。

「ちょっと来て」
「え?」
「いいから」

の手を掴み、グラウンドを出る水谷に「全く世話が焼ける…」と言ったように泉は息をついた。

「文貴!ちょっとなに…」
「やっぱさ、嫌なんだけど」
「なにが?」
がここに来るの」
「もう帰るってば。差し入れしに来ただけだし」
「そうじゃなくて!が他の奴と仲良くしてるの見るのが嫌なんだってば!!」

赤い顔でそう言った水谷に釣られるようにがきょとんとした表情を見せる。

「それって…嫉妬?あ。そうか。最近、私が千代ちゃんと仲良いから嫉妬してるんでしょ」
「そうだよ!」
「え」
「むしろ篠岡だけならまだいいよ!でも田島とか泉とも楽しそうにしてたじゃん!だからもう来ないでよね!」

そう言い放ちグラウンドへ戻る水谷に、は「え?え?」と戸惑ったように赤く染まる頬を抑える。

「(あれ?今の…どういうこと?!)」
「(ああー…言っちゃったー…!)」

遠く離れていく背中が、何故か少し近く感じた。

「「(あつい…)」」

蝉の声が響き渡る。
赤く染まった頬を隠すように背を向けた。


あとがき
現在行っている第2回調査企画より。
「水谷文貴くんと両片想いなお話が読みたい」という読者リクエストにお応えさせていただきました。 リクエストありがとうございました!